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大阪地方裁判所 昭和28年(行)16号 判決

原告 野崎ノセ

被告 吹田市長

主文

一、大阪府収用委員会が昭和二七年一二月一九日吹田市二三九三番地の一宅地七三坪四勺につき裁決した収用補償額を五十六万六千六十円に変更する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は五分し、その一を被告その余を原告の各負担とする。

事実

第一、原告の主張

(請求の趣旨)

「大阪府収用委員会が原告所有の吹田市二三九三番地の一宅地七三坪四勺につき裁決した収用補償額を百九十万六百円に変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(請求の原因)

一、被告吹田市長は、吹田都市計画街路事業千里山神境線街路建設の起業者として、昭和二一年一〇月一五日主務大臣たる内務大臣の都市計画決定、昭和二六年三月三十日主務大臣たる建設大臣の都市計画事業決定、同年一二月二二日及び翌二七年三月二八日の二回にわたり同大臣の同事業執行年度割変更決定を受け、右街路用地に該当する原告所有の吹田市二三九三番地の一の宅地につき昭和二七年一月三〇日大阪府知事の収用土地細目の公告を経た後、土地所有者たる原告と協議したが不調におわり、都市計画法第二〇条により収用土地の面積及び収用の時期につき建設大臣に裁定を求め、同大臣は、昭和二七年八月二〇日吹田市二三九三番地の一宅地二〇八坪五合六勺のうち、七三坪四勺を右事業のため収用するものとし、その時期を収用委員会の裁決の日から起算して七日目とする旨の裁定をした。ついで被告は、右土地の収用に因る損失補償につき大阪府収用委員会にその額を三十六万五千二百円を相当とする旨の意見を付して裁決を申請した。

二、これに対し原告は、土地収用法第四五条第一項により、つぎの通りの意見書を右委員会に提出した。すなわち

「(一) 右土地は、原告が昭和一四年二月、当時の所有者から賃借し、更に昭和二一年二月売買によつて所有権を取得したものであるが、昭和一四年二月賃借当時、第三者が右地上で料理屋を営んでいたのでその権利を買収し立退料として多額の費用を支出した。

(二) 原告の夫は医師であり、男児二人も医師を志望していたので医院の建設計画をたて当局へ建築許可を願い出たが、戦争による資材の不足のため着手するに至らなかつた。

(三) 昭和二六年四月頃より吹田市当局から数回交渉を受けたが、その申出は不当に低額で、且替地問題についても全く誠意がなかつた。

(四) 吹田市当局は、最初坪五千円で申込み、中途で坪六千円に増額したが、終局に最初の坪五千円で打切つた。

(五) 収用土地の売買価格は、坪二万円以上であり、現にその価格で買受希望者がある。また吹田市二三九三番地の一宅地二〇八坪余は一筆の土地であるから、医院建設地として好適地であつてその価値は高いが、その一部七三坪余を収用せられるときは残地の価値は相当低下する。

(六) 原告は、医院建設のために多年の間右土地の利用を犠牲にして今日まで保存してきたので、その損害は多大であり補償にあたり十分考慮してもらいたい。」

三、しかるに、大阪府収用委員会は、昭和二七年一二月一九日被告の意見通り損失補償額を三十六万五千二百円とする旨裁決した。その理由とするところはつぎの通りである。すなわち、

「本件収用土地は、国鉄吹田駅北口北方約二丁に位し、府県道大阪京都線から分岐して国鉄吹田駅北口間を連絡する千里山神境線に沿う分岐点の角の宅地であるが、原告が意見書において主張する(一)の点は、昭和一四年二月頃右土地の賃借権取得のため支出した費用は、結局現在における土地の価格に含まれるものであるから特にこれを斟酌する必要はない。(二)及び(六)については、特に如何なる損害があつたかについての明瞭なる主張並びに証拠がないのみならず、その主張の如き損害は、土地収用法にいわゆる土地を収用することに因つて生ずる通常受ける損害と認めることができないから、右の主張は採用の限りでない。(五)の収用による残地の価格低下の主張は、当委員会の調査したところによれば、残地は十分経済上の利用に供せられ、特に病院建設のため利用しうる地勢地積があり、何等の価値低下も認められないからこの主張も採用できない。よつて当委員会の実地調査によつて認めうる本件収用土地が右の如く経済的利用に供しうる地積であり且収用土地の東側及びこれに接続して府県道大阪京都線両側に面して商業地帯として発展したる状況、近傍類地の売買価格、賃貸料より算出したる価格、相続税賦課標準価格、固定資産税評価格並びに当委員会において採用したる鑑定人の鑑定価格等を総合考量するときは、土地所有者の申立は失当過大であつて、本件収用土地の損失補償は金三十六万五千二百円を相当と認める。況んや本件土地の前所有者亘節の陳述によれば、土地所有者が本件土地の所有権を取得したる時において本件土地が既に都市計画街路として計画決定を受け、且その範囲が現在の収用範囲であることを知りたる事実並びに土地所有者が計画決定のあつたことを理由として土地売買価格の値引を受けたることを認め得る以上は愈々もつて土地所有者の主張は失当過大であるということができる。」

四、原告は、前記意見書において主張した事実を本訴においてもこれを維持するものであるが、右収用土地は、右裁決の理由にある通り国鉄吹田駅北口の北方約二丁に位し、府県道大阪京都線から分岐して右吹田駅北口にいたる千里山神境線に沿う分岐点の角の宅地であつて、交通の要衝に当り吹田市内で交通量最も多く従つて商業地帯として将来益々発展すべき位置にあり、医院商店旅館料理店銀行会社官公署等その種類の如何を問わず建設地として吹田市随一の利用価値高い土地である。右裁決は、収用土地の東側及びこれに接続して府県道大阪京都線両側に面して商業地帯として発展したる状況、近傍類地の売買価格、賃貸料より算出したる価格、相続税賦課標準価格、固定資産税評価格並びに委員会採用の鑑定人の鑑定価格等を総合考量して損失補償額を一坪五千円の割合により収用土地七十三坪四勺につき金三十六万五千二百円を相当と認めている。なるほど収用委員会が補償額決定の基準として採用した前記諸事実は、一般的にみるときは挙げ得て余すところがないようであるが、右のうち最も重視すべきものは、商業地帯として発展しつつある状況と之に適応する近傍類地の売買価格如何にあり、原告は収用土地の外に右土地の向側すなわち千里山神境線の東側に沿い土地約五十四坪を所有しているが、右裁決以前に坪二万円で買受けの希望者があり、原告はこれを拒絶していたところ現在では坪二万三千円で申込を受ける状態であつて近傍類地の売買価格は二、三年以内には優に坪三万円以上に昂騰することは吹田市土地取引上の常識となつている。損失の補償は収用土地の客観的な価値すなわち時価によるべきで普通の売買と其の間差異があつてはならない。本件収用土地の固定資産税課税標準価格は、坪四千五百円となつており裁決は五百円高く評価しているが、元来固定資産税の課税標準価格或いは相続税賦課標準価格は、課税の目的のためのもので時価より著しく低額に評価されていることは経験上明白であり、土地価格の相互比較の一基準となりえてもこれをもつて直ちにその土地の価格を断ずることはできない。また裁決は、本件収用土地の残地につき価値の低下を否定するが、吹田市二三九三番地の一の宅地二〇八坪五合六勺のうち北部三五坪三合六勺を訴外藤岡武士に貸与しているので、七三坪四勺を収用されると残地は一〇〇坪一合六勺に減じ、奥行約九間八分のうち三間四分を削減される結果、狭長な地形となり原告が企図する病院の建設用地としては、利用価値は二割以上減ずる。なお、裁決は、原告が本件土地の取得当時既に都市計画街路として計画決定を受け且その範囲が現在の範囲であることを前所有者亘節より聞知し、売買価格の値引を受けたと認めているが原告が右亘節から聞いたのは道路に沿い約三尺の幅員で収用されるというのであつた。いずれにせよ、土地収用に因る補償は、計画決定後に所有権を取得したものと、計画決定前より引続き所有するものとによつて、差異があつてはならない。

以上の事情も総合すれば、収用委員会の裁決当時における収用土地の時価は坪約二万円、七三坪四勺に対し百五十一万二千二百円、残地の減価は坪約四千円、一〇〇坪一合六勺に対し三十八万八千四百円合計百九十万六百円を相当とするから、右土地収用により原告は、右金額の損失を受けたものであり、起業者である被告からその補償を受けるため、大阪府収用委員会がなした前記裁決の補償額を百九十万六百円に変更することを求める。

(被告の本案前の答弁に対する主張)

都市計画法による土地収用は、都市計画事業なる特定の公益事業のため特定の土地を強制的に取得するもので、その法律関係は公法上の権利関係である。他の特定公益事業を営む起業者が営利会社その他の私人である場合でも、国家がこれら起業者に対し、他人の特定の財産権を強制的に取得する権利すなわち公用徴収権を附与するものであつて、被収用者と起業者との関係は、公法上の権利関係であることは前者と同一である。

故に被収用者の蒙る財産上の損失に対する補償請求権もまた公法上のものといわねばならないから、これに関する訴訟が行政事件訴訟特例法にいわゆる行政事件訴訟であることは、明らかである。土地収用法第一三三条の損失の補償に関する訴は、形式的にはいわゆる当事者訴訟であるが、その実質は、収用委員会なる行政庁が、正当な補償をなすべきにかかわらず、これに違反した違法処分に対する抗告訴訟の性質を有する。従つて、本訴は、行政事件訴訟特例法第二条の抗告訴訟である。仮に抗告訴訟でないとしても、同法第一条のその他の公法上の権利関係に関する訴訟であり、この場合においても、同法第七条の規定の趣旨よりして、これを類推適用し被告の変更を許すべきである。同条の規定の趣旨は、行政事件においては、被告たる行政庁を誤る場合が多く、しかも出訴期間の制限があるから、被告を誤つたために請求を棄却するときは、人民の権利保護に欠けるところがあるからであり、また本訴の場合は、吹田市長を吹田市と誤つても、結局補償の負担は吹田市にあるのであるから、訴訟上の効果の及ぶところにかわりなく、訴訟繋属中は被告を変更してもさほど訴訟を遅延させる虞もない。そうすれば、本訴において被告の変更を許しても、公益に反したり被告の権利を害したりするものではないのである。また前記行政事件訴訟特例法第七条の規定の趣旨からして、本訴において被告とすべき行政庁を誤つたことにつき、原告に故意又は重大な過失があるとはいえない。

第二、被告の主張

(本案前の答弁)

「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由としてつぎの通り述べた。

原告は、本件収用補償金不服申立事件について、当初吹田市を被告として訴訟を提起しながら、その後被告を吹田市長木村熊次郎に変更したが、右変更は許すべきでない。けだし(一)本件訴訟は土地の収用手続ないし効果については何等の争もなく、唯単に収用された土地の補償額の多寡に関する争であつて、単なる民事事件訴訟であり行政処分の取消変更を求めるいわゆる抗告訴訟ではない。すなわち、行政事件訴訟は、当事者の権利保護のみを目的とするのではなく、進んで行政法規が適正に実施されているか否かを判断して、その正しい適用を広く国民に保障することを目的とする特殊な訴訟であると共に、行政庁の違法な処分に関する争か、すくなくとも公法上の権利関係に関する争であることを要件とする。しかるに、本訴は、単に原告が土地の所有権を土地収用に因り喪失したことにより蒙つた損害の賠償額が少額であるとして、その増額を求めるにすぎず、いわば土地所有権喪失による損害賠償請求権なる私権の保護を目的とするものであつて、前記行政事件訴訟の特殊性を有せず、また公法上の権利関係に関する争でもない。このことは、大審院が曽て、旧土地収用法の解釈として「土地収用法ノ精神ハ損害ノ補償ヲ以テ民法上ノ損害賠償ト為スニ在ルヤ明白ナリ」と断じ「補償金額ノ決定ニ対スル不服ノ訴ハ民事訴訟法第二十三条第二項末段(旧法)ノ不動産ニ加ヘタル損害ノ訴ニ属スルモノナリ」と判断した(大審院大正四年六月五日判決)が、この解釈は、改正後の現行土地収用法においても、損失補償額に対する不服の訴の性質に変更がないから依然通用すべきであること、及び土地収用法第一二九条以下において同法第一三三条による損失補償に関する訴を別個に取扱い、またその被告を起業者(公共事業を営む営利会社その他の私人を含む)とすることを命じていることからみても明らかである。(二)仮に、本訴が当事者訴訟としての行政事件訴訟であるとしても、被告の変更は許されない。すなわち、行政事件訴訟特例法が被告の変更を許すことを定めた所以のものは、行政法規が難解であり精密且分科化されている一方、行政組織が複雑であるため、被告とすべき行政庁の明確を欠き易いので、抗告訴訟において被告の確定を厳格にすると、出訴期間を徒過するおそれがあり、また、訴訟経済のうえからも国民の権利保護に欠くるところが大であるため、この幣を除去するため特に設けられた規定であつて、当事者訴訟、殊に本訴のような土地収用法において明らかに相手方を起業者とする旨の注意的規定の存する訴訟においては、右行政事件訴訟特例法第七条の規定は適用されない。(三)仮にそうでないとしても、抗告訴訟と当事者訴訟とにおいては、被告の確定の難易につき著しい差異があり、従つてその注意義務の程度においても同様差異があるべきである。抗告訴訟の場合は、前記の通り被告とすべき行政庁を確知することが困難であるが、本訴においては、この困難が全然ない。土地収用法では被告を起業者と特定した注意的規定が存するのであるから、民事事件訴訟におけると同一程度の注意により十分被告を確知することができるのみならず、原告は、請求原因において、終始大阪府収用委員会の裁決書を攻撃しているのであり、右裁決書にはその冒頭に起業者を吹田市長と明記されまた随所に吹田市長が起業者である旨記載され、右裁決書の記載のみによつても起業者が吹田市ではなく吹田市長であることを知り得るのである。このような明白な事実を無視して被告を誤つたことは、原告の重大な過失であるから被告を変更することはできない。

(本案の答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として述べたところはつぎの通りである。

原告が請求原因として主張する事実のうち、一、に記載の事実、原告が、二、に記載と同趣旨の意見書を大阪府収用委員会に提出し、同委員会が原告主張の日三、に記載の通りの裁決をした事実及び吹田市二三九三番地の一宅地二〇八坪五合六勺が、府県道大阪京都線より分岐して国鉄吹田駅北口に連絡する道路の分岐点に存する角地であり、北側は右府県道に東側は右吹田駅北口に連絡する道路に面し、その一部三五坪三合六勺を訴外藤岡武士に貸与していることはいずれもこれを認めるが、その他の主張事実は争う。

右土地は、現在別紙略図の通りであつて、略図イ、ロ、ハ、の部分が収用せられた七三坪四勺であり、ニ、の部分三五坪三合六勺が藤岡武士に貸与している土地であり、ホ、ヘ、の部分一〇〇坪一合六勺が原告の主張する残地である。

原告は、収用委員会裁決の日である昭和二七年一二月一九日現在における右収用土地の時価は坪二万円、収用による残地の価格は坪四千円の割で低下したと主張するが、

一、土地収用による損害賠償額の算定は、収用当時の状況を基礎として各種の条件を勘案して適正妥当なる時価を算定しなければならない。収用後に造成された現況すなわち収用以前と面目を一変した状況を基準として補償額の多寡を論ずることは失当である。そこで収用当時ないしそれ以前における右土地の状況をみるに、(イ)右土地は、府県道大阪京都線の完成に引続き昭和二六年夏国鉄吹田駅北口の開設により近隣と共に小売店舖街として面目を一新したが、その繁栄は専ら府県道大阪京都線と国鉄吹田駅北口とを連絡する道路の東側において顕著であり、右土地の存する西側は、東側に比し実質的に著しく劣つていたのである。このことは、右土地の西方所在の家屋が殆ど国鉄の官舎学校及びビール工場であつて、売店その他の厚生施設が完備している関係上附近の商店で一般消費物資を購入する度合は極めてすくないうえに、右土地の南側には、国鉄の採土運搬線があり、吹田駅北口方面から出て西方に向う通行人の殆んどは、この線路の側面を通るため、右土地の前を通行する者は、極めて僅少である。従つて小売その他の店舖用としての利用価値は低く、このことは、その後千里山神境線完成後の現在においても依然として顕著に認めうるのであつて、右土地前の歩行者は、東側の店舖前の歩行者に比べすくなく、その比率はいかに過大に見積つても三対七の割合を超過することはない。従つて、小売店舖街にある右土地の地価の評価は、右の事実を最も重視して決定すべきであるから、近接ないし外観上類似の場所であつても、右土地の東方に道路をへだてて存する地域の土地とはその経済的利用価値において格段の相異がある。(ロ)吹田市二三九三番地の一の土地は、おそくとも内務大臣の計画決定の日である昭和二一年一〇月一五日以後は、東側道路に面した部分が将来確実に収用せられることが判つていたので、利用面において制約せられ、また売買価格も他に比し低廉であつた。当時別紙略図イ、ニ、の部分の賃借人藤岡武士も右の事実を知つていたので、現在ニ、の部分に存する家屋の建築に当り、昭和二一年七月吹田都市計画事業千里山神境線街路の明示を申出て、その明示を受けたうえで建築をしたのである。原告も、昭和二一年一一月三〇日右土地を亘節から買取る際、その一部が収用確実であること及び別紙略図ハ、ヘ、の部分につき既に訴外浪速食堂に立退料を支払つたことを理由に、右土地は他に比し価格低廉であると主張し、坪二百円に承諾させ、更に収用時期が早いことが予想せられるに及び収用に因る補償額は低い筈であると主張して結局坪百八十円で買取つたのである。(ハ)そして右土地の収用当時における固定資産税課税標準価格は坪四千五百円、相続税賦課標準価格は坪五千二百八十円、不動産登記の登録税標準価格は、坪三千八百円であつて、これを時価算定の参考としたほか、起業者たる被告が徴した不動産売買業者その他の経験者の参考意見ないし助言によつても、その時価は坪五千円を超えるものがなかつたので、被告は収用土地の補償額を坪五千円とするのが最も妥当且適正であると確信したのであり、大阪府収用委員会もこれを相当として裁決したのである。(ニ)原告が主張する立退料及び将来の地価の値上りは当然右時価に含まれているものであり、千里山神境線街路の完成した現況において収用土地の東側筋向いの土地の時価と比較して裁決の補償額が低いというのは当らない。

二、つぎに、原告は前述の通り、内務大臣の都市計画決定のあつた昭和二一年一〇月一五日の後に、その一部が収用せられることを知つて右土地を買取つたのであるから、原告が主張するような病院建設の目的を有していたとは考えられないことであり、仮にそれが事実であり原告が期待した病院の建設が困難になり、ために残地の利用価値が下落した、としても、右は特別の事情に因る特殊な損失であるから、土地収用法上起業者においてこれを補償すべき理由がない。また、小売店舖街の地価は、通常奥行が深いよりも間口の広い方が坪当り価格が高いのであつて、本件において、間口約一五間、奥行約九間八分の土地が、間口に変更なく奥行が約三間四分減少して六間四分になつたのであるから、坪当り価格が高くなることはあつても逆に二割も低下することはない。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、当事者の変更の許否について、

原告は当初吹田市を被告として本訴を提起し、後被告を吹田市長に変更した。被告吹田市長は右当事者の変更は許されないと主張するが、当裁判所はこれを許すべきものと考えるのであつて、その理由は次の通りである。

(一)、まず被告は本訴のような土地収用についての損失補償に関する訴は行政訴訟ではなく民事訴訟であり、行政事件訴訟特例法第七条の適用はないと主張する。しかし土地収用の法律関係が国家権力の行使による公用徴収の法律関係として、公法上の権利関係であることはいうまでもないところであり、その損失補償の関係も右関係の重要な一部として同様な性質を有することは明かであつて、土地収用法によれば、右損失補償の訴はこれに関する裁決庁である収用委員会を相手方とせず、起業者と土地所有者又は関係人間の当事者訴訟の形式をとることとしてはいるが、実質は収用委員会の裁決に対する抗告訴訟の意味を持つものであり、これが通常の民事訴訟ではなく、公法上の権利関係に関する訴訟として行政訴訟であることは明かである。

(二)、被告はまた仮にこれを行政訴訟としても、抗告訴訟でない本訴には右第七条の適用はないと主張する。しかし本件のような実質は抗告訴訟であつて出訴期間の制限があり、起業者は公共団体を統轄する行政庁であるが、その費用の負担者は当該公共団体であつて、そのいずれを訴の相手方とすべきか、一般国民として、必ずしも一見明瞭ともいえない訴訟にあつては、右第七条の規定を類推適用して被告の変更が許されるものと解するのが相当である。

(三)、被告はなお仮に被告の変更が許されるとしても、本訴において原告が被告を誤つたことには重過失があると主張する。なるほど土地収用法第一三三条には起業者を被告とすべきことが明記せられてあり、都市計画法第五条第一項によれば都市計画及び都市計画事業は行政庁これを行う旨が定められているのであつて、原告が本訴提起に当りその攻撃の対象として十分吟味したと考えられる(このことは訴状自体から明かである)甲第一号証(裁決書)には、その冒頭に「起業者吹田都市計画街路事業千里山神境線事業執行者吹田市長木村熊次郎」との記載があり(被告はなお右裁決書には随所に吹田市長が起業者である旨記載されているというが、この事実は認められない。)原告が本訴提起に当り被告を吹田市と誤り記載したことについては、原告に過失があることはこれを否定すべくもない。しかし本訴のような土地収用による損失補償に関する訴については、土地収用法の規定が現在のように起業者を相手方とすべきことを明示しない従前規定の時代ではあつたが、大審院はその民事連合部で、起業者たる行政庁を相手方とするもその行政庁の統轄する公共団体(当該事業の費用負担者)を相手方とするも共に妨げなき旨を判決していたのであり(昭和五・一・二九、民連)、土地収用法がこれを起業者を相手方とすべき旨明定するに至つた現在においても、そしてまた専門家である弁護士を代理人に依頼した場合においても、そのいずれを相手方とすべきかは必ずしも一見明瞭ともいい難いのであり、また右裁決書の記載もこれをしさいに法律的に検討すれば、前記法案と相まち起業者たる吹田市長を相手方とすべきことに当然気ずいて然るべきこととは考えられるものの、右記載は裁決の相手方たる当事者の表示として裁決書の冒頭に記載せられたもので裁決を受けた者としては裁決の内容に関心を奪われ、冒頭の表示の如きはこれにつき細心の注意を払わない場合のあり得ることを考えなければならないし、また行政庁とその統轄代表する公共団体とは、公共団体がその代表者附で表示せられる場合には、その表示において両者間すこぶるまぎらわしいものがあることも考えなければならない。以上諸般の事情を考慮すれば原告が本訴提起に当り被告を誤つたことに重大な過失があつたものとはこれを認めることができないのであり、被告を吹田市より吹田市長とした当事者の変更はこれを許すべきものである。

第二、本案について、

一、被告吹田市長が吹田都市計画事業千里山神境線街路建設の起業者として、昭和二一年一〇月一五日主務大臣たる内務大臣の都市計画決定、昭和二六年三月三〇日主務大臣たる建設大臣の都市計画事業決定、同年一二月二二日及び昭和二七年三月二八日の二回にわたり、同大臣の同事業執行年度割変更決定の各手続を経て、右街路用地に該当する原告所有の吹田市二三九三番地の一の宅地については、昭和二七年一月三〇日大阪府知事の収用土地細目の公告を経た後、土地所有者たる原告と協議したが不調におわり、都市計画法第二〇条により収用土地の面積及び収用の時期につき建設大臣に裁定を求め、昭和二七年八月二〇日同大臣は、吹田市二三九三番地の一宅地二〇八坪五合六勺のうち七三坪四勺を右事業のため収用するものとし、その時期を収用委員会の裁決の日から起算して七日目とする旨の裁定をした。ついで被告は、右土地の収用に因る損失補償につき大阪府収用委員会に、その額を三十六万五千二百円を相当とする意見を付して裁決を申請した。これに対し、原告は、土地収用法第四五条第一項により請求原因の二記載の通りの意見書を右委員会に提出したが、同委員会は昭和二七年一二月一九日請求原因の三に記載する理由で、右損失補償額を被告の申出通り三十六万五千二百円(収用土地につき坪当り五千円)とする旨裁決した。以上の事実は、すべて当事者間に争がない。

二、そこで本件の争点である右収用に因る損失補償額について検討するのであるが、まずその損失算定の時期は土地収用法第七一条によれば収用委員会の収用又は使用の裁決の時である。しかし本件土地収用は、都市計画法に基く都市計画事業として行われたものであつて、損失補償以外の事項については建設大臣においてその裁定をしているのであり、収用委員会の損失補償に関する裁決とはその時期を異にしているのであるが、土地収用法第七一条にいう収用委員会の収用又は使用の裁決とは同法第四一条におけるこれと同一の語を受けてのものであり、収用委員会は収用又は使用の裁決の申請があれば同法第四八条により他の収用条件等と共に損失の補償についても裁決することを要するのであるから右第七一条にいう収用又は使用の裁決とは損失補償の裁決と同義のものと解して差支えなく、損失補償はその損失補償裁決の時を基準にしてその額を算定するのが最も適当であるから、右のような他の事項についての裁定と損失補償の裁決とが時を異にする場合にも補償額算定の時期は収用委員会の損失補償の裁決の時期、即ち本件では昭和二七年一二月一九日を基準とするのが相当である。そして、収用する土地に対しては、近傍類地の取引価格等を考慮して相当な価格を以て補償すべきであり、また被収用者の通常受ける損失は右以外にもこれを補償すべきこと土地収用法の定めるところである。

三、吹田市二三九三番地の一宅地二〇八坪五合六勺の土地が国鉄吹田駅北口北方約二丁に位し、府県道大阪京都線(府道)と右府道から分岐して吹田駅北口に連絡する道路(旧道)との双方に面し右旧道の西側に存する角地であることは、当事者間に争がなく、右土地が別紙略図の通りイ、ロ、ハ、の部分七三坪四勺が収用土地であり、ニ、の部分三五坪三合六勺が藤岡武士の賃借中のもの、ホ、ヘ、の部分一〇〇坪一合六勺が原告主張の残地であることは、口頭弁論の全趣旨に照し当事者間に争ないこと明らかである。

(一)、そこでまず昭和二七年一二月一九日当時における収用土地七三坪四勺の相当な価格が何程であるかを判断する。

(1) 成立に争のない乙第一号証に検証の結果を総合すれば、吹田市は、国鉄吹田駅を中心として市街が形成され、これが東西に貫通する国鉄線路により南と北に二分され、北側においては、吹田駅に接続して存する相当広大な麦酒会社の工場とその北側の丘陵により、更に東と西に区分することができるのであつて、右三つの市街を連絡する道路は、市街の規模、並びに密度に比しその数がすくなく、従つて二三九三番地の一の土地が面している府道及び旧道は当時においても、吹田市における交通量の多い道路の一であり、右土地は住宅地域というよりも商業地域に属していることを認めることができる。(被告も、この点に関し、右土地が府道完成に引続き、昭和二六年夏吹田駅北口の開設により近隣と共に小売店舖街として面目を一新したことを認めている。)

(2) 証人亘節、藤岡武士の各証言によれば、右土地二〇八坪五合六勺は、昭和二一年一一月頃原告が前所有者亘節より買受けたものであり、当時藤岡武士において亘節から賃借し家屋を建築していた別紙略図ニ、の部分以外は空地であつたが、都市計画の区域内にあり、一部が道路敷になることを双方了解のもとに平均坪百四十円で売買せられたことが認められるが、早晩収用されることが確実となりその予想のもとに形成される取引価格は、通常の場合、収用時までの利用価値と収用により受ける補償額とを含むものであるから、裁決当時の客観的取引価格算定の一基準としうるものではあるが、右証人亘節の証言によれば右空地の一部は原告が売買以前より賃借していたものであり、また、平均坪百四十円の売買価格は当時でも相当安い値段であつたことが認められるのであり、また右売買の時期と本件裁決の時期との間には相当の間隔があり、その間地価に著しい変動のあつたことは公知の事実であるから右売買価格を本件価格算定の基準とすることはできない。なお原告は、都市計画決定後の所有者の異同により補償額が異るべきではないと主張するが、右計画決定の事実を知つて所有権を取得したと否とを問わず裁決当時の時価、即ち右計画による拘束を受けない状態における客観的取引価格により補償額を決定すべきこと原告主張の通りであろう。

(3) 証人中尾信夫、中西治郎吉、木谷吾市、前川浅太郎の各証言によれば、右裁決の前後において本件土地に近く千里山神境線の東側に沿い原告が所有する約五四坪の土地につき、坪一万五千円乃至二万円での買受希望者があつたが、いずれも原告の希望と合致せず、売買成立に至らなかつた事実を認めることができる。この点に関して被告は、千里山神境線の東側(右約五四坪の土地の存する側)と西側(収用土地の存する側)とでは、利用価値において格段の相違があると主張するが、検証の結果に証人中尾信夫、中西治郎吉の各証言を総合すれば千里山神境線街路の完成した現在では、右道路が拡張され人道と車道が設けられ、また東側は店舖が建並んでいるに反し、本件土地側は空地があるためか、右道路の通行人の大多数は東側の歩道を利用しているが、土地そのものの価格においては右街路完成の前後を通じ殆んど差異のないものと認めるのが相当である。しかし右約五十四坪の土地の買受希望価格も買受希望者の特に買受を希望しての価格であるし、また大体原告の方から一層の高価を希望したためではあるが右売買はいずれも成立に至らなかつたものであり、この点完成せられた売買価格とは到底同視することはできないのであり、なお右土地のほかには近傍類地の具体的取引例について主張並びに証拠がないことをも考慮しなければならない。

ただ成立に争のない乙第八号証の三によれば本件収用地の隣地接続地は昭和二七年四月頃坪当り三千三百二十円の価格で吹田市に任意売却せられたことを認めるに足るが、右売買時期と本件裁決の時との間には約八ケ月の差があり、また後記認定の固定資産税課税標準価格等から考え、道路敷地の売買として相当廉価に買収に応じたものとも考えられる。なお原告は、収用土地についても坪二万円以上で買取希望者があると主張するが、成立に争のない乙第八号証の四によつてもこれを認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

(4) つぎに乙第七号証の二によれば、裁決当時における収用土地の固定資産税課税標準価格は坪四千五百円、相続税賦課標準価格は坪五千二百八十円、不動産登記の登録税標準価格は、三千八百四十円であることが認められる。

(5) 以上の諸事実に照し本件各鑑定の結果の採否を考えてみるのに、

(イ)、成立に争のない乙第六号証の三における収用委員会予備委員松下保の評価額一坪五千五十三円は原告の亘節よりの買収価格相続税賦課標準価格、藤岡武士に対する賃貸料等を基準として算出したものであるが、果して右裁決当時の土地の客観的取引価格が右基準により、また同人採用の算出方法によりこれを算出し得るか否かはすこぶる疑問であり、

(ロ)、成立に争のない乙第七号証の二の収用委員会における鑑定人吉田正治の評価額たる一坪四千九百円も固定資産税の課税標準価格、相続税賦課標準価格、不動産登記の登録税標準価格、附近土地の賃貸料等を基準としたもので、これまたその採用を躊躇せざるを得ないものであり、

(ハ)、本件鑑定人江見利之の鑑定の結果である一坪五千五百円は前認定の諸事実から考え、いささか安きに失するの感を免れず、

(ニ)、結局成立に争のない乙第八号証の二における収用委員会においての鑑定人佃順蔵の鑑定の結果である一坪八千円と、本件鑑定人勝清一の鑑定の結果である一坪七千五百円とを採用するのを相当とするのであるが、

右二鑑定はそのいずれを採用し、いずれを排斥すべきか、前記諸点を考慮するもこれを決することはできないので、本件収用地の損失補償裁決の時における相当価格は右二鑑定の平均額たる一坪七千七百五十円、七十三坪四勺にて計五十六万六千六十円と認めるのが相当である。

(二)、つぎに本件土地収用が残地(別紙略図ホ、ヘ、の部分一〇〇坪一合六勺)に及ぼす影響について検討しよう。鑑定人江見利之、勝清一の各鑑定の結果によれば、右残地の一般的利用価値は、収用に因りかえつて好影響を与えており、すこしも減少しないことを容易に認めることができる。そして仮に原告が企図する病院建設用地として利用できなくなり、ために原告がいくらかの損害を蒙ることがあつたとしても、それは本件土地収用による通常の損失ということはできないのであつて、その損失補償を被告に請求することは許されないのであり、結局残地補償に関する原告の請求は失当である。

以上の理由により本件土地収用に因り原告に与える損失は、収用土地七三坪四勺につき坪七千七百五十円の割合による合計五十六万六千六十円を相当とするのでこれと異る大阪府収用委員会の裁決は右の限度において変更すべきであり、原告の本訴請求は右の範囲において正当としてこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

(別紙省略)

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